一つは自由放任こそ全体の効率と幸福を達成するという考えです。
この考え方からは、社会福祉はごく限られた最低限のものだけでよいとの思想が生まれてきます。
もう一つは保守主義であり、バラバラになった労働者は国家や共同体への忠誠心、あるいは道徳性を失い、そのことが社会のパフォーマンスを低下させてしまうとの考え方です。
この考え方からは、対策として伝統的な共同体を保持しようとしたり、国家がそういった共同体の持っていた役割を引き継いで果たしていくべきだという思想が生まれます。
その後、第三の思想として社会(民主)主義的が現れます。
そこにニード(必要)がある限り社会保障・福祉を供給していこうという思想です。
社会(民主)主義思想における国家の役割は救貧のみ留まらず、育児、家事、介護、教育にまで広がります。
また、「救貧」の範囲も広くとり、「最低限の給付」ではなく、「十分に(できれば労働しているのと同じくらい)生活していけるだけの給付をする」と考える傾向にあります。
なるべく福祉供給の範囲を狭くしようとする自由主義とは正反対に福祉供給を積極的に行おうという立場であるのはもちろんのこと、福祉供給と引き換えに前資本主義的な道徳や忠孝を求め、階級社会を維持しようとする保守主義とも違って、無制限かつなるべく普遍的・一律的に福祉を供給しようとするのです。
この三つの考え方のどれが強くなるか、それが、福祉国家が3つの大分類に別れていく分水嶺だと著者は捉えています。
第3章は福祉国家における「階層化」に焦点を絞った論理が展開されます。
資本主義化は「領主と農民」という階級を「資本家と労働者」に置き換えただけだ等の俗論も散見されるところですが、本書は各レジームが供給する社会保障・福祉の対象からこの「階層化」を観察しております。
例えば、保守主義が色濃い国家では、年金制度や保険制度がホワイトカラー・公務員・農林水産業者・自営業者などで区分され、それぞれが旧い時代のギルド的要素や公務員制度形成過程における偶然を引きずったまま分割して管理されています。
それらの枠に収まりきらない地位に自分の立場がある場合や、自らが所属する階層の社会保障・福祉分類と自らの人生が必要とする生活保障が合わない場合には民間の年金や保険を活用したり、救貧的な制度に縋ることになるわけです。
自由主義的な体制では国家による社会保障・福祉はより貧弱で、民間保険にアクセスできる中産階級以上の階層、貧弱な社会保険には守られることができる庶民、スティグマを伴う救貧制度に縋る貧困層という3つの階級が現れるとしています。
社会(民主)主義的な体制では、社会的給付の水準が中産階級にも恩恵があるレベルにまで引き上げられ、受給資格も普遍的で幅広いために上述のような「階層化」は起こりずらいということが記されています。
第4章は年金制度に着目して各レジームの特徴が表現されます。
多くの現代国家で年金関連の支出はGDPの10%以上を占め、年金制度における国家と市場との均衡が福祉国家によって大きく異なる点が着目に値すると本著は述べています。
分類の結論としては、①コーポラティズム的国家優位型保険システム、②残余主義システム、③普遍主義的国家優位システムに分けらるとされ、①では職域ごとに著しく分化された年金制度が特徴で、民間の年金保険の役割は限定的、②では公的年金の占める割合が小さく、個人個人が民間の年金保険を活用する仕組み、③は均一支給的な国家政策が色濃く、民間の年金市場が成立しないくらい巨大な国家年金制度が存在している、という違いがあります。
①~③の順に保守主義、自由主義、社会(民主)主義を代表しており、①がイタリアや日本、②がアメリカやオーストラリア、③がスウェーデンやノルウェーという位置づけになっています。
本章ではこういった分化が起きた理由を各国の福祉国家としての歴史的な成立過程に焦点を置いて整理しており、産業革命以降から第二次世界大戦あたりまでの、各国の経済の動態と噛み合うような解説は世界史を習ったことがある人ならばするすると入ってくるのではないでしょうか。
第5章は第Ⅰ部のとりまとめ的な位置づけとなっており、具体的にどのような要素が上述のような福祉国家の分岐を生んだかについて統計的分析がなされております。
社会的賃金や公的年金の支出がGDPに占める割合、ミーンズテスト付き救貧扶助の相対的重要性、公共セクターの雇用増大率など、各レジームの特徴となる数値を従属変数とし、高齢者人口比率や一人当たりGDP、左翼政党やカトリック政党が国会や内閣に占める割合など、福祉国家分岐の要因候補たちを独立変数としてその影響力が分析されます。
高齢者人口比率の影響力の大きさや、1人当たりGDPの意外な効果など、「結論」的な章だけあって非常に面白い発見が多数あります。
第6章及び第7章では労働市場と福祉国家の関係が考察されます。
完全雇用を目指すことが暗に陽に先進国の政策課題だとされることが当然視される現在において、どのような形でそれを達成するかを検討すること、そして、その前提として、労働市場に福祉国家がどのような影響を与えているかを分析することは重要だといえるでしょう。
著者は福祉国家における「完全雇用」を巡る状況には3つの革命が生じつつあるとしており、それは、①「完全雇用」には「女性」も雇用することが含められるようになりつつあること(分母の増大)、②年金を含む退職制度の発展により早期退職して労働市場から撤退する人々が現れること(分母の減少)、③国家そのものが巨大な雇用主として労働市場に存在するようになったこと、を挙げています。
労働力が脱商品化されており(労働以外の収入=給付が生活費に占める割合が高く)、労働者が雇用主に対して強い立場にあるほど女性も職を持ちやすいですし(スウェーデンでは女性就業率が高く、同時に欠勤率も高い)、年金制度が充実していて退職後の憂いがないほど人々は早期退職を選びます。
また、国家が供給する雇用(教育・福祉関係が多い)も、失業者の吸収や女性雇用率に深く結びついています。
これらの要素については国家間で著しい政策の違いがありますが、アメリカやスウェーデン、ドイツを例にとり、政府と労働組合の関係や、インフレと賃金上昇に政府がどう立ち向かっていったかという過程を通じて今日の体制が形成されていったことが本章では解説されます。
とりわけ賃金抑制と完全雇用のトレードオフは典型的な集合行為として面白い例だと思います。
コメント